2011年12月23日金曜日

小堀 忘年会

ひどい年だったまだ余震も続くし福島原発も真相は不明よって今後どうなるか不安。何がどうなるか分からない中だが忘年会をすることにした。だからこそ楽しいことをどんどんやっておくしかないかも。今回は日曜午後に小堀当方宅にて行うことに決定、鍋と刺身でもやろうか?

2011年12月19日月曜日

Blog, TW, FaceBook

放射能対策に同期してTWを使い出しその縁でFBもと成りましたがBlogとの使い分けがややこしい。 Blogは小堀中心に日記記録として、TWは放射能事案に特化し特に我孫子市に関連した情報や考えを公にさらし間接的ですが市や特定市議に圧力を掛ける一助に使いたい。FBは個人的な仲間の探索Toolとしてすごい使い勝手がある大昔の知人を手繰りながら見つけ出せた、さらに今後スマホの活用により大きな可能性を秘めているらしい。
使い分けはむづかしいが多分FBに収斂されていくか軸がスマホとFBになりその周辺にTW, Blogがあるような関係になるのだろう。当たり前だが今までのBlogの蓄積が大きくなかなか急には移行できないし今のスマホでは文字のTypeがゆっくりしかできないし画面が小さすぎて字が早く読めない。 どうしたもんか?

不思議な縁

退職前から取手市小堀、我孫子市天王台、両国(清澄白川)を行ったりきたりしていますがこの放射能事件を機会に我孫子市議会、市議多数とお会いしました、自治会長にはNECの我孫子Clubに連れて行ってもらいました。また柏や流山にて放射能と戦う会に入れていただき多くの方とお知り合いになれました。TWもはじめ連日500前後をScanしていますし筑波大や東工大の教授にもお会いしたりWork Shopに参加させていただきました。事件が無ければこれほど急激に地元のみならず多様な知見者にお会いすることはなかったでしょう、不思議なめぐりあわせです。よかったのかわるかったのは別にはっきりしている事は2011 311は忘れることは無いでしょう。911,117(これは神戸大震災ですがたまたま当方と家内の誕生日なので忘れる事はありません。)と同じです。

木下(きおろし)まち育て塾 Off 会

5回続いた木下まち育て塾の講義も終了し最後の日は銚子屋さんで昼食会をもちました。その後印西、布佐在住の方が連れ添って小堀を訪ねてくれました。10時からいつものように小堀の歴史をお話した後に利七家のお庭に勝手に入り込み川端(かばた)に抜けて古利根沼を眺めます。昨今お知り合いになった芙蓉亭脇の邸宅のお庭にも入り込み沼を西から東に向け一望します、絶景でみなびっくり歓声をあげました。小堀の歴史碑を見たり水神様をめぐって小1時間のMini Tourです。
お昼は湖北ル・ポアロに移動し野菜尽くしを堪能、金澤Onwnerにお会いし2時過ぎに会は終了です。木下 滝田栄と金澤氏が親交があることを塾で滝田家のご当主からお聞きしたのを思い出しました。小堀から木下に今年はさらに広がった世界でした。

2011年12月18日日曜日

白鳥の沼@本埜(もとの)村

30kほど利根川を下った成田近郊の白鳥の沼。長年の餌付けの成果、通路には石灰が撒かれ鳥インフルエンザを防ぐ配慮もしてある。大変な努力だ、1200羽が飛来し昨年の7割り増し。小学校や農家の皆さんの努力に頭が下がる。周辺では近隣で取れた雑魚や川えび、地元野菜の販売所や甘酒も無料で配られる。たくさんのマニアが大きな望遠レンズをつけたカメラで白鳥の飛ぶ姿を狙っている。

初冬の小堀

久しぶりに利根川土手から自宅を新しいカメラでパチパチ遠望。この景色が一番好きだ。なんともいえない小堀のゆったりした自然な雰囲気を伝えてくれる、右は嘉平宅、真ん中平屋が我家、
その奥がお向かい利七家の木々、その奥の緑が古利根沼を越えて対岸我孫子市のTrast Fundの森。下は利七家の梅林から当方宅を望む。この梅林100本が当方の北側借景、真ん中の少し低めのえの木が我が家との境。ゆったりした風景がなんとも大好きだ、すばらしい。